今回は、先日開催した九鬼 靖太先生による無料ウェビナー「横方向への一歩を速くするトレーニング戦略 〜アジリティ・盗塁スタートに応用するCST〜」の内容の一部をご紹介します。
九鬼先生は10/17〜18に開催するパフォームベタージャパンサミット2026にもご登壇いただきますのでご検討中の方はぜひご確認ください。
■テーマ:横方向への一歩を速くするトレーニング戦略 〜アジリティ・盗塁スタートに応用するCST〜
■開催日:2026年6月25日
■講師:九鬼 靖太 (大阪経済大学准教授 / 株式会社SPEED-CREATORs代表)
多くの競技に共通する「横方向への一歩」
野球、サッカー、バスケットボール、テニス、ラグビーなど競技は異なっても、試合を決定づける場面では横方向への素早い移動が求められます。
例えば、
・野球では盗塁や守備の一歩目
・サッカーでは相手への寄せや切り返し
・バスケットボールではディフェンスのスライド
・テニスでは左右への素早いフットワーク
など、競技特有の動きに見えても、「短時間で横方向へ身体を運ぶ」という点では共通しています。
ここで重要になるのが、競技ごとの動作だけを見るのではなく、多くの競技に共通する要素を抽象化して考えることです。
横方向への一歩を速くするという能力を理解できれば、盗塁やカットイン、ディフェンスなど様々な競技場面へ応用できるだけでなく、ジムで行うトレーニングも競技力向上へ結び付けやすくなります。
このような共通する要素を見つけ出し、競技へ橋渡ししていくことこそ、トレーナーに求められる役割の一つです。
横方向への加速を決める「筋力」と「技術」
横方向への一歩を速くするためには「筋力」と「技術」の掛け合わせが必要です。
ここでいう筋力とは、単純に筋肉量ではなく、どれだけ大きな地面反力を生み出せるかという能力です。
その土台となるのは、
・最大筋力
・Rate of Force Development(力の立ち上がり率)
・パワー
といった要素であり、特に大臀筋やハムストリングス、内転筋群など股関節伸展筋群が大きな役割を担います。
そのため、スクワットをはじめとしたベーシックな筋力トレーニングは、横方向への加速能力を高めるためにも非常に重要な基礎となります。
一方で、筋力だけでは十分ではありません。
同じ大きさの力を発揮できても、その力をどの方向へ伝えるかによって、得られる加速は大きく変わります。
この「力の方向を進行方向へ傾けられる能力」を技術と表現しています。
地面反力が鉛直方向へ向けば身体は上方向へ動きやすくなりますが、進行方向へベクトルを傾けることができれば、より効率よく横方向への加速につながります。
つまり、
・筋力=大きな力を生み出す能力
・技術=その力を目的の方向へ伝える能力
この二つが組み合わって初めて、横方向への素早い加速が実現できるという考え方です。
競技力向上を目指すうえでは、筋力を高めるだけではなく、その力を競技動作で発揮できる技術を習得することが重要になります。
Upper Body Firstが横方向への加速を生み出す
横方向へ大きな力を発揮するためには、単純に脚で強く踏み込めば良いというわけではありません。
力の方向を効率良く進行方向へ向けるための考え方として、「Upper Body First」という動作戦略が有効です。
この考え方の土台となるのが、「地面反力は重心へ返ってくる」という力学的な原則です。
つまり、身体の重心がどこにあるかによって、発揮した力の方向も決まります。
重心が身体の真下にあれば、地面反力は鉛直方向に近くなり、横方向への推進力は小さくなります。
一方で、重心が進行方向へ先に移動した状態で力を発揮すると、自然と地面反力も進行方向へ傾き、横方向への加速につながります。
そこで重要になるのが、脚より先に上半身を動かすという考え方です。
・上半身が先に進行方向へ動く
・重心が進行方向へ移動する
・下肢で大きな力を発揮する
・力が進行方向へ向き、横方向への加速が生まれる
従来は「脚で身体を動かす」というイメージで考えられることが多かった一方で、この考え方では上半身の動きが身体全体をリードし、その後に下肢が大きな力を発揮するという順序になります。
中殿筋だけでは横方向への加速は説明できない
横方向への動きというと、中殿筋を鍛えるトレーニングを思い浮かべる方も少なくありません。
実際に、ミニバンドを膝に巻いて横歩きを行うトレーニングは、多くの現場で取り入れられています。
中殿筋はもちろん重要な筋肉ですが、70kg前後ある身体を大きく横方向へ加速させるだけの力を、中殿筋単独で生み出すことは難しいと考えています。
横方向への加速では、
・上半身を先に動かして重心を移動させる
・大臀筋やハムストリングスなど股関節伸展筋群で大きな力を発揮する
この一連の流れが重要になります。
つまり、横方向への加速は「股関節外転」の力だけで生まれるのではなく、身体全体を使って重心をコントロールすることがポイントになります。
動きを変えるために重要なのは「何を意識させるか」
理論を理解したうえで、実際の現場ではどのように指導すれば良いのでしょうか。
講義中に紹介いただいたのは、プレートやメディシンボール、アクアバッグを活用した横方向へのプッシュ動作です。
このエクササイズでは、横へランジすることを意識させるのではなく、
「プレートを横へ押す」
という目的を設定します。
プレートを押そうとすると、自然と上半身が先行し、重心が移動し、その結果として横方向へのランジ動作が生まれます。
この考え方は運動学習理論にも基づいています。
身体の一部を意識させる内的注意よりも、物体や空間に意識を向ける外的注意方略(External Attentional Focus)の方が、効率良く動作を学習できます。
例えば、
・「身体を傾けましょう」
・「腕をもっと振りましょう」
という声掛けではなく、
・「プレートを押しましょう」
・「壁を押すイメージです」
・「腕をこの空間へ送り込むように動かしましょう」
といった外部へ意識を向けるコーチングによって、選手は自然にUpper Body Firstの動きを獲得しやすくなります。
このように、選手へ「どう動くか」を細かく指示するのではなく、「何を達成するか」を伝えることが、より効果的な学習につながります。
Q&A
Q1.盗塁のスタート時に重心の位置を適切な場所に移動させることは理解できるのですが、Upper Body First を実現させるために、最初に進行側の脚(盗塁であれば右足)を進行方向とは逆に(左足側に)動かすのは適切な動作でしょうか?上半身を捻り、左脚をクロスさせる方が適切だということも聞いたことがあるのでご意見をお聞かせください。
A:
まず盗塁のスタート方法には、大きく「ジャブステップ」と「クロスオーバーステップ」の2つがあります。
ジャブステップは右足を一度動かしてから踏み込み、左脚で大きな力を発揮してスタートする方法です。
一方、クロスオーバーステップは左脚をクロスさせてスタートします。
研究では、ジャブステップの方が素早く飛び出せるという結果が示されています。
その理由は、左脚でより大きな力を発揮しやすいためです。
Upper Body Firstの考え方では、まず上半身を進行方向へ動かし、重心を先行させることが重要になります。
その結果として下肢で力を発揮しやすくなります。
どちらのステップを選択するかだけではなく、上半身が先行し、重心が適切に移動した状態で力を発揮できているかという視点で評価することが大切だと思います。
Q2.ジム内のベーシックな筋トレと今回のようなエクササイズは同時進行で行いますか?まずは筋トレを優先するべきですか?
A:
基本的には同時進行で取り組むことをおすすめします。
ただし、比率としてはベーシックな筋力トレーニングを中心に考え、今回紹介したようなエクササイズを「味付け」として取り入れるイメージです。
まずは大きな力を発揮できる身体をつくることが土台になります。
そのうえで、競技動作へ力をつなげるための学習として、今回のようなトレーニングを組み合わせていくのが良いと思います。
Q3.どの動作でもアトラクターは決められているのでしょうか?またはアトラクターはトレーナーが見つけないといけないのでしょうか?
A:
アトラクターとは、一般的には動作が安定的かつ効率的に実施されるための動きや力の発揮方法と考えられています。
私自身は、優れたパフォーマンスを発揮するために欠かせない要素という意味で捉えています。
トレーナーはそのアトラクターを積極的に見つけていく必要がありますが、実は多くの方が無意識のうちに行っています。
「この競技では何が一番重要なのか」「その能力を高めるにはどんなトレーニングが必要か」と考える、そのプロセス自体がアトラクターを見つけることにつながっていると思います。
Q4.CMJやRSIなどのジャンプ数値はどのように関わってきますか?
A:
CMJやRSIは、筋力や力発揮能力といった体力要素を評価するための指標として活用できます。
「筋力」という概念だけでは抽象的ですが、ジャンプ高やRSIなどの数値を用いることで、選手の力発揮能力を客観的に評価できます。
こうした測定結果をもとに、筋力トレーニングや競技動作への橋渡しが適切に行えているかを確認していくことが重要になります。
Q5.卓球の指導に携わっています。卓球のように0.何秒の反応が横方向で求められている中でもUpper Body Firstのアトラクターを踏まえてトレーニング指導ができるのでしょうか?
A:
正直にお答えすると、卓球では今回紹介した内容がそのまま当てはまる場面は多くないと思います。
今回の理論は、重心を大きく横方向へ移動させることを前提とした加速動作を対象にしています。
卓球では非常に短時間で細かな反応が求められ、重心移動そのものが比較的小さいため、今回の考え方が競技パフォーマンスへ大きく影響する場面は限定的だと考えています。
競技ごとの特性を踏まえたうえで、理論を適用できる場面とそうでない場面を見極めることも重要です。
パフォームベタージャパンサミット2026ではもっと深掘りした内容を解説いただきます。
