答えのない現場で、どう判断するか。小泉圭介さんが語る「トレーナーの人間力」
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パフォームベタージャパンが普段お付き合いしているトレーナーや関係者をお招きして、施設のこと、専門知識、セミナー活動まで幅広くお話を伺うポッドキャスト。今回ゲストにお招きしたのは、理学療法士・アスレティックトレーナーとして競技スポーツの最前線に立ち続けてきた小泉圭介さんです。
この収録を通じて小泉さんにはチームで働くことのポイントや、知識や技術を活かす現場力、それを支える人間としての土台など存分に語っていただきました。
小泉圭介さんについて
小泉さんは理学療法士・アスレティックトレーナーとして、北島康介さんをはじめとする多くの競泳選手のサポートに長年携わってきた方です。JISS(国立スポーツ科学センター)に2006年に入り、競泳を中心に水球など複数の競技現場でキャリアを積んできました。競技スポーツの現場では「困った時の小泉」と呼ばれるほど幅広い場面で頼られており、現在は東都大学の准教授として次世代の理学療法士の育成にも従事しながら、全国での講演・学会発表など幅広く活躍されています。
泳げなかったからこそ、理解できた
小泉さんが競泳に関わり始めたのは、泳ぎが得意だったからではありませんでした。前任スタッフの後任として「競泳を見てほしい」と言われ、水泳経験がほぼない状態でその世界に入ったというのが出発点です。
水泳経験がないことへの苦労は当然あったといいます。ただ小泉さんはそれを逆手に取りました。「理解するための努力は人一倍した」と言い切り、コーチ・科学スタッフ・選手本人と徹底的に話し込み、動画を見まくり、誰もが当たり前だと思っていることを一つひとつ掘り起こしていったそうです。
この姿勢について小泉さんは、若い理学療法士にもよく話すことがあると言います。「脳卒中になったことがないのに、脳卒中の方のリハをしているでしょ」という言葉です。経験がないことは、理解の妨げにはならない。理解するための想像力と、それを支えるための知識と対話の積み重ねがあれば、経験のない領域でも人の意図を汲み取る力は育てられる、という考えです。
さらに興味深いのは、競泳を知らなかったからこそ「先入観がなかった」という側面です。自分が平泳ぎの選手だったら、北島康介とそのテーマを対等に話すことへの抵抗が生まれていたかもしれない。経験がないことで、むしろ素直に「キックはずっとかかっているの?」というような、誰も聞かないような質問を自然にできたと話していました。
代表チームの現場で求められるもの—ATとPT、SCとコーチの役割論
現場を知る人間として、小泉さんはAT・PT・SC・競技コーチそれぞれの役割をどう整理しているのでしょうか。
アスレティックトレーナー(AT)は、今競技をしている選手をいい状態で試合に送り出すこと、すなわちコンディショニング全般を担う仕事だと小泉さんは言います。一方で理学療法士(PT)の役割の本質は、マイナスをゼロに戻すこと、つまり怪我や問題を抱えた選手を現場に戻すことにあります。だからこそ所属チームではPTが存在感を持つ一方、代表チームではその役割の必要度が競技によって変わってくると指摘します。ストレングスアンドコンディショニング(SC)はフィジカルを強化することが中心で、コーチは技術・戦術面で勝てる要素を引き出すのが役割です。
ただし代表チームという場では、いわば「寄せ集め」の状態で活動することになるため、ATであれPTであれSCであれ、コンディショニングへの対応力が最も問われる、というのが小泉さんの現場感です。小泉さん自身も理学療法士・ATというバックグラウンドを持ちながら、代表チームではコンディショニングを高めることをメインの仕事として位置づけています。
オリンピックの現場についても興味深い話がありました。一般的にはオリンピックこそ大人数のスタッフが動員できると思われがちですが、選手団に入れるカードの枚数は出場選手数の原則半数程度しかもらえないため、実際にはスタッフの人数で苦労することも多い。世界選手権の方がトレーナーの数が多い場合もあるそうです。競泳の場合、会場が閉鎖空間であり選手が毎日入れ替わりながらも連日出場するという特殊な状況があるため、スタッフの配置は毎回複雑な調整を要すると言っていました。
「ジャパンウェイ」の起源と、海外が注目する理由
国際大会の現場で変化を実感したエピソードも聞けました。かつての世界選手権では、各国ともベッドを並べてひたすら選手にマッサージをするのがスタンダードだった時代がありました。その中で日本チームだけがマットを敷いてさまざまなエクササイズを行っていたといいます。
その後、最近のパリ大会では各国もマットを使い、バランスボールやスーパーバンドを取り入れた陸上でのウォーミングアップを行うようになっていたそうです。アメリカのコーチが日本チームのコンディショニング目的のトレーニングを動画に撮り、「自分はジャパンのファンだ」と言っていたというエピソードも印象的でした。
この「ジャパンウェイ」が生まれた背景には、水泳という競技の特性があります。水圧では強い負荷をかけられないため、泳ぐだけでは筋力が落ちてしまう。だからこそレースのギリギリまでフィジカルを高め、コンディションを整えた上で一分・二分の勝負に挑む、というコンセプトが必要だったと小泉さんは言います。これはパラ水泳でも同様で、関わり始めて10年が経ちますが、陸上でのトレーニングの重要性がようやく浸透してきたと感じているそうです。
現場力とは何か—知識や技術の先にあるもの
現場力という言葉があります。小泉さんはこれを「現場にいないとわからない」と言い切りながら、ではそれはどう育てるかという問いに向き合っていました。
小泉さんが実践しているのは、経験者と若手を組み合わせて現場に出すことです。若手が自分のキャパを超えた時にベテランが対応できる体制にしておくことで、安心して力を発揮できる環境をつくる。そうすることで経験が積み上がっていくという考えです。
ただ、現場力の入り口には「素養」があると小泉さんは言います。それはクリエイティブな柔軟性であり、迷いのなさ、そして決断力です。
例えば派遣スタッフを決める管理者が経験の少ないスタッフに「行く?」と聞いたら「行かせてください!」という決断と、現場で「こうしましょう」と決める決断は、根本的に近いものだと話していました。
この決断力は、技術と同様にトレーニング可能だと小泉さんは考えます。現場に出る前から、日常のあらゆる判断の積み重ねの中でそれは培われているし、それができているかどうかは、人に与えられた仕事に対してまずやってみようと言えるかどうかに表れる。そして大切なのは振り返りです。やりっぱなしにせず、マルだったのかバツだったのか三角だったのかを確認することで、次の判断の確率が上がっていく。
もう一つ、小泉さんが重視しているのが「わからなければ聞く」という姿勢です。自分の限界がわかっていて、それを正直に言える人間の方が信頼できるし、よく伸びると話していました。横から見て「わかっていない」状態で突っ走るのが一番危ない、と言葉に力を込めていました。
器具がなくてもできることを、常に考える
現場では設備や器具の制限があることがほとんどです。競泳のプールサイドに持ち込めるものは限られていますし、海外遠征では荷物の重さも制約になります。
小泉さんの答えはシンプルで、「あるものでやる」でした。今その場で何ができるかを考えることは、ATの実技試験でも問われる能力でもあると指摘しながら、例えばプールサイドでヒップリフトをしていても大臀筋の収縮感が出にくい場合、スーパーバンドを使って負荷をかける工夫をする、というような具体例を話してくれました。想像力と、その想像力を動かす「馬鹿力」が常に問われるのがこの仕事だと言っていました。
遠征の際は普段ナショナルトレーニングセンターで使っているものと同じ器具を運搬可能なケースに入れて持参する、というのが小泉さんの基本方針です。いつもと同じ環境・同じ条件でレースに臨めるようにすること自体が、コンディショニングの一部だという考えです。
トップアスリートに関わりたい人へ—準備は、どんな立場でもできる
若いトレーナーや運動指導者を目指す人たちに向けて、トップアスリートと関わるために何が大切かを聞きました。
小泉さんの答えは、「どんな立場にいても、その準備はできる」というものでした。技術的な準備はもちろん、考え方という意味でも。アスレティックリハビリテーションの世界にはプロトコルはあっても、トップアスリートになればなるほどそこから外れていく。答えは誰も用意してくれないから、原理原則に基づいて自分で考え抜く力が問われる。それはまさに「人間がやる仕事」だと話していました。
そしてもう一つ強調していたのが、チャンスをどう拾うかです。小泉さん自身も、JISS入所時に前任スタッフが水泳のトレーナーだったことから「代わりに競泳を見てほしい」という流れで関わり始めました。ハワイで開催されるジュニア代表の試合への帯同を打診された時に「全然行きます」と即決したのがその始まりだったと笑いながら話してくれましたが、そのような機会は至るところに転がっているとも言います。拾えるかどうかは、準備ができているかどうか、そして迷いなく動けるかどうかにかかっている。
また「不義理をしない」という言葉も印象的でした。お金より大切なのは義理だという考えは、オリンピック直前により好条件の仕事の話が来た時に断った実際の判断にも表れています。長い目で見たとき、信頼の積み重ねこそが仕事の土台になる、という価値観です。
次のフェーズへ—知識を体系化して、仲間と伝えていく
今後の展望について話が及ぶと、小泉さんはここ一年で「伝えるタームに入った」という感覚を持つようになったと話してくれました。
ただ、答えのない世界で「正解を教える」ことはできない、というのが正直なところだといいます。「100パーセントは絶対ない」というのが小泉さんの立場です。それよりも、原理原則に基づいて答えを導き出すためのトレーニングを、疑問を投げかけながら一緒に考えていく場をつくりたい。これまでエクササイズ的な切り取られ方をされることが多かったけれど、人の体や動作をどう捉えるかという全体像を、エクササイズもマニュアルセラピーも含めて体系的に伝えていきたいと話していました。
水泳については「非常に特殊な競技」であり、その特異性を知ることで考えが広がるという面白さがあるとも言っていました。水泳コンディショニングについても仲間と形にしていきたいという話があり、こちらは内容が固まり次第改めてお話を聞く予定にしています。
おわりに
今回の収録を通じて、小泉さんの言葉の中に「現場で戦い続けてきた人だからこそ言える誠実さ」を感じました。正解を断言しない。留保をつけながら考える。自分の限界を認めて、仲間と補い合う。そういう姿勢が、トップアスリートから長年信頼され続けてきた理由なのかもしれません。
パフォームベタージャパンは、現場で試行錯誤しているトレーナーや指導者の方々が「考えるための素材」を得られる場をつくりたいと思っています。小泉さんのような方と対話を重ねながら、その場を育てていくことが私たちの役割だと考えています。
小泉さんへの質問、または今後取り上げてほしいテーマがあれば、パフォームベタージャパンまでお気軽にお問い合わせください。
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